COLUMN

2026/

08/10

【酒蔵から考える】第1回 なぜ、日本酒蔵がウイスキーを造るのか

「なぜ、日本酒蔵がウイスキーを造ろうと思ったのですか。」

栃木県で初めて、2022年にウイスキー蒸溜所を立ち上げた西堀酒造(日光街道小山蒸溜所)に、幾度となく投げかけられてきた問いである。

理由は、一つではない。

旧来の杜氏制度の限界。通年雇用による社員造りへの移行。日本酒市場への危機感。コロナ禍で露呈した一本足経営の脆弱性。文化財である木造建築を維持する莫大な費用。働き方改革の裏側で現場に生じる歪み。大量生産を前提として成立してきた低い粗利構造。特定名称酒という分類と価格形成の硬直性。ヴィンテージ、熟成、ブレンドといった、日本酒が十分に価値化できてこなかった時間の領域。

そして、日本の酒造文化そのものを、どうすれば次代へ残せるのかという危機感。

いくつもの問題が、同じ場所へ収斂していった。

私は、日本酒造りの外側からウイスキーを始めたのではない。

むしろ、日本酒造りの内側へ深く入ったからこそ、ウイスキーを造ることを決めた。

家業に入って最初の数年、私が考えていたのは酒造りのことだった。

良い酒を造れば、売れる。

今から思えば、随分と牧歌的な前提を信じたものである。

もっと良い酒を造るべきだ。設備を変えるべきだ。製法を変えるべきだ。価格を変えるべきだ。売り方を変えるべきだ。

「こうあるべきだ」という答えはいくらでも見つかった。

しかし、正しいことと、実現できることは違う。

人が足りない。
金が足りない。
時間が足りない。

こうすれば良くなると分かっている。
しかし、現実が動かない。動かせない。

酒造りそのものよりも、構造の壁の方が、次第に私の前に立ちはだかるようになった。

この感覚は、今も消えていない。

経営とは、おそらく、理想と現実の距離を引き受け続ける仕事なのだと思う。

転機は、2020年だった。

コロナ禍は酒業界を直撃した。

しかし、危機は、それまで見えなかったものを可視化する。

一本の柱に依存することの脆さ。
昨日まで成立していた商流が、明日も存在するとは限らないこと。
良い酒を造っているという事実だけでは、酒蔵は存続できないこと。

私はそこで初めて、日本酒の未来を、日本酒の内側だけで考えることをやめた。

日本酒を考えるために、日本酒の外へ出る必要がある。

そう考えた。

日本酒が厳しいから、ウイスキーへ移るのか。
ウイスキーブームに乗るのか。
日本酒を諦めるのか。

そう見られることもあった。

しかし、私の土台は明確に日本酒にある。

酒造りを考えるとき、最後に立ち戻る場所も、職業人としての矜持も、日本酒である。

だからこそ、日本酒だけを造り続けていれば未来が開ける、という楽観にも立てなかった。

日本酒を守ることと、日本酒だけを造ることは、同じではない。

この違いは大きい。

では、なぜウイスキーだったのか。

奇妙なことに、ウイスキーは経営上、決して都合の良い酒ではない。

原酒を造っても、すぐには売れない。

数年の熟成を要し、その間、資金は樽の中で眠り続ける。場所を取り、管理を要し、数年後の品質も市場も完全には読めない。

数年で回収して終わる事業ではない。

十年、二十年、さらにその先まで見なければならない。

人も、資金も、時間も奪う。

始め方を誤れば、最後には酒蔵の思想まで分散させる。

それでも踏み出した。

理由は、事業性だけでは説明できない。

日本酒蔵だからこそ造ることのできる、真のジャパニーズウイスキーがあるのではないか。

そこに、人生をかけて追究するに足る、ものづくりの未踏領域を見たからである。

私たちが造りたいのは、スコットランドの模倣ではない。

本流を学ぶことは必要である。

しかし、模倣の精度をいくら高めても、本流そのものにはならない。

差異があるから、本流もまた本流として際立つ。

ならば問うべきは、どれほどスコットランドに近づけるかではない。

私たちは、何者なのか。

そこから始めるべきだと思った。

当時、日本のウイスキーは、そもそも「ジャパニーズウイスキーとは何か」という定義自体が問い直されている時期にあった。

海外原酒を日本で瓶詰めし、日本的な意匠を施しただけの商品まで「ジャパニーズ」を名乗る。

私はそこに、強い違和感があった。

同時に、まだ定義が固まり切っていないということは、裏を返せば、これから日本固有のウイスキー文化をつくる余地が残されているということでもあった。

日本には、ウイスキーよりはるか以前から酒造文化がある。

ならば、日本のウイスキーは、スコットランドから受け取った技術体系を日本国内で再現するだけでなく、すでにこの土地に存在していた酒造文化と接続することで、別の発展を遂げられるのではないか。

私たちが試みているのは、その接続である。

日本酒蔵が百年以上にわたって蓄積してきた酒造りの思想を、ウイスキーという異なる形式へ移す。

清酒酵母による発酵。
酒米を磨く過程で生まれる吟醸粉。
低温で時間をかける発酵設計。
米、水、麹、酵母の微細な変化と向き合ってきた感覚。

それらは、日本酒という製品だけに属するものではない。

日本の酒蔵が世代を越えて蓄積してきた、目には見えない「型」である。

日本酒を造るのではなく、日本酒を造ってきた「型」で、別の酒を造る。

そこに可能性を感じた。

ウイスキーでは、樽材、熟成年数、原材料、蒸留器といったスペックが語られやすい。

それを見ていると、かつての日本酒における精米歩合や酵母、酸度、日本酒度をめぐるスペック競争を思い出すことがある。

もちろん、スペックは重要である。

しかし、スペックは思想の結果であって、思想そのものではない。

2022年の立ち上げ当初、私たちの設備や製法だけを見て、さまざまな評価を受けた。

栃木で、本当にウイスキーが造れるのか。
スコットランドのような環境でなくてよいのか。
ステンレス主体の蒸留設備なら、焼酎のようになるのではないか。
清酒酵母ではウイスキー発酵は難しいのではないか。
米を使えば、米焼酎と何が違うのか。
若い原酒ではないか。

装置という「形」から、その酒を推測する。

それ自体は自然なことだと思う。

ただ、私たちの出発点は、そこではなかった。

なぜ、その原料なのか。
なぜ、その酵母なのか。
なぜ、その発酵なのか。
なぜ、その蒸留設備なのか。

すべてに理由がある。

既存のスコッチ蒸溜所を小さくコピーするのではなく、日本酒蔵として何をウイスキーへ持ち込めるかを起点として、工程を逆算してきた。

だから、設備だけを見れば、理解しにくかったのだと思う。

実際に蒸溜所へ来られた専門家やプロの方から、

「来てみるまで分からなかった」
「正直、誤解していた」

と言われたことは、一度や二度ではない。

私は、それでよいとも思っている。

新しいものが、既存の物差しだけで直ちに理解されるなら、それは本当に新しいのだろうか。

重要なのは、奇を衒うことではない。

既存の形式から外れる必然があるかどうかである。

日本でしか、絶対につくることのできないウイスキーとは何か。

この問いは、国産原料を使うことや、日本の木で樽をつくることだけでは完結しない。

土地や原料の国籍だけではなく、造りの思想そのものが日本に根差している必要がある。

日本の酒造文化は、何を積み重ねてきたのか。

日本酒蔵は、世界の酒に対して、何を新しく提示できるのか。

洋酒という形式の中に、日本の酒造文化を映したとき、何が生まれるのか。

私にとってウイスキー造りとは、この問いに対する実践である。

日本酒からウイスキーへ移るのではない。

日本酒とウイスキーを接続する。

そして、その接続によって、両者をもう一度見つめ直す。

二項対立ではなく、融合による更新である。

SAKE RE100という、日本酒を起点として始めたプロジェクトも、突き詰めれば同じ場所へ向かっている。

再生可能エネルギーを使うこと。
環境へ貢献すること。
地域へ還元すること。

それらは重要である。

しかし、それ自体が目的なのではない。

環境、地域、エネルギー、人、技術、経営。

酒の周縁にあるものまで含めて関係を組み直し、酒蔵という文化資本を、次の世代まで存続可能な形にすること。

私が考える持続可能性とは、そこにある。

持続可能性とは、美しい理念を掲げることではない。

続くための構造をつくることである。

そして、おそらく現在の酒造業に必要なのは、この「周縁へのまなざし」なのだと思う。

美味しい酒を造る。

それは、ものづくりに携わる者として当然の前提である。

しかし、製品の完成度だけを見つめ続けると、その製品を成立させている周囲の構造が見えなくなる。

人は持続できるのか。
設備は維持できるのか。
地域との関係は続くのか。
環境負荷はどうなるのか。
適正な利益を残せるのか。
次の世代が、この仕事を引き受けたいと思えるのか。

酒は、瓶の中だけで完成しているのではない。

その背後にある関係まで含めて、酒造りなのである。

だから、最初の問いに戻る。

なぜ、日本酒蔵がウイスキーを造るのか。

日本酒を諦めたからではない。

むしろ逆である。

日本酒の未来を本気で考えた結果、日本酒の外へ出る必要があった。

外へ出ることで、自分たちが何者であるかが見えてくる。

異なる酒を造ることで、日本酒蔵が受け継いできたものの輪郭が、かえって明瞭になる。

そして、新しく生み出した価値を、再び酒蔵へ循環させる。

それは事業の多角化というより、酒蔵という存在そのものの更新である。

伝統とは、同じ形を守り続けることではない。

変化を引き受けながら、受け継ぐべきものを次の時代に通用する形へ変換し続けること。

その意味で、私たちが造っているのは、ウイスキーだけではない。

日本酒蔵の、次の時間である。

 

次回は、「日本酒市場はなぜ縮小するのか」。

人口減少や市場規模といった数字の表面だけではなく、その背後で、日本酒と生活、日本人と酒との関係がどのように変わってきたのか。

その構造から考えてみたい。

執筆者:西堀哲也

西堀酒造株式会社 六代目蔵元、SAKE RISE株式会社 取締役

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